『私のオオカミ少年』-韓国が送り込んだ巨大純愛-

かつて、ここまで一途な恋愛映画があっただろうか?
この人外映画のテーマはもちろん純愛。だが、今の世の中、純愛という言葉は絶滅寸前である。口では「愛している」と男女がお互いに言い切ったとしても、その背後ではお金や性欲が見え隠れするインチキ純愛だったりします。
純愛にはお金無用、エッチ無用。すべてを投げ捨てて人生そのものを動力として、大好きな
あの子に寄り添い続ける命懸けのロマンス。
その最先端がこの『私のオオカミ少年』だ!!

この物語は病気で身も心も弱ってしまった女の子ス二が療養のために、家族とともに人里離れた自然だらけの村にやって来たところから始まる。
ス二の新生活の舞台となる屋敷は、かつてオオカミを使った謎の実験が行われていたといういわくつき物件でもあったのだ。
越してきたその日の夜、スニは庭にある飼育小屋から飛び出て来た不気味な獣を目撃する。
翌朝、スニは庭の物陰でうずくまった昨夜の獣と遭遇する。
日の光を浴びて浮かび上がったその姿は、獣ではなくホームレスの男の子だった。
心優しいスニのお母ちゃんは保護施設が見つかるまで、このホームレスにチョルスという名前を与えて家族として迎え入れることを勝手に決めてしまう。

こうして始まった新生活。協調性は無いが食欲だけが異常発達したチョルスに不平を爆発させたスニは茹でたジャガイモを片手にチョルスの調教を自発的に開始する。
ジャガイモパワーの恩恵を受けて次第に人間らしい生活を送れるようになったチョルスから溢れ出す、いたいけなマイナスイオンが病で荒んだスニの心を優しく包み、重苦しい屋敷の空気を押し流す。
「チョルスのつぶらな瞳に瞳を覗き込まれる度に感じる、この心地よい微熱はなんだろう?」
芽生えた始めた小さな恋に頬を赤らめるスニ。

ある日、チョルスが近所の子供たちとじゃれ合っている姿を少し離れたところから、「うらやましいなぁ…。」とモジモジして落ち着かないスニ。
そんな不審者みたいな行動をしているスニに気づいた1人の子供が「お姉ちゃんも来る?」と問えば、きっかけを提供してくれた子供に心の中で全力で感謝し、高ぶる感情を押し殺して「仕方ないわねぇ。」とクールに対処しつつも、ゴムマリを蹴っ飛ばして遊ぶ子供たちの横でスニはチョルスをグレートハンティング。二人っきりになればチョルスに女装させて時代を先取りした「男の娘ごっこ」に酔いしれたりと、人と距離を置いて生きてきたスニはハイスピードでバカに、愛すべきバカになっていく。
特筆すべきはスニとチョルスの関係である。どんなに親密になろうともキスなんてしないし、考えもしない。ただお互いに寄り添ってニコニコしているだけ。
そこには、お金も、エッチも必要ない。どこまでも続く純粋無垢な二人だけの地平線

そんな二人だけの地平線に立ちはだかる男が現れる。男の名はジテ。
スニが住む屋敷の大家である。彼は一方的過ぎる片想いでスニに近づき、金と権力を自在に操り結婚を迫る。一言でいえばチョルスとは真逆の激安人間である。
このバカボンボンの出現によって、スニとチョルスは究極の選択を強要されてしまう。
そんな中、チョルスが生まれて初めて人間の言葉を発するんですが、これが凄く切なくてね…
どのくらい切ないかと言えば、『猿の惑星: 創世記』でチンパンジーのシーザーが動物虐待を
生きがいとするバカ飼育員に怒鳴りつけた言葉の400倍は切ないです。
観ていない人にとっては、わけが分からない例えであることは百も承知ですが、そんな悲しみを乗り越えて辿り着いた二人だけの桃源郷をぜひ劇場でご覧ください。
全力で泣けますから!!